漢方薬にも民間薬にも応用される●カラスウリの名称と産地
ウリ科の多年生の蔓草であるカラスウリは、本州、四国、九州から台湾、長江以南の中国各地にかけての、藪地や山麓に自生している。
漢名は王瓜または土瓜と記され、その果実、種子、根は、それぞれ王瓜実、王瓜仁、土瓜根(王瓜根)と称され、陶弘景の『名医別録』(紀元500年頃)以来今日まで、漢方薬としても民間薬としても応用されている。
薬性苦寒で、消炎、鎮咳、償セ痰薬として、胸痛、便秘、咳嗽、心臓喘息、狭心症などに応用される。
根は王瓜根または土瓜根と呼び、薬性は苦寒の血剤で、手の少陰心経、手の太陰肺経、足の太陽膀胱経の経絡に異常のある症状を改善する。
血熱をさまし、水滞を利尿で去り、さらに鬱血を除去する特性があるので、消炎、鎮痛、利尿、排膿、作用があり、黄疸、帯下、閉経、打撲傷、に応用する。
雌雄異株で、8~9月の盛夏に咲く、五裂した裂片の先が糸状に細かく裂けた特異な白色の花と、秋から初冬に、藪陰にに鶏卵大の紅い果実を結ぶ詩的な風情は、どこでも見受けられる。
●カラスウリを主薬とした漢方薬
種子(王瓜仁)は同属のキカラスウリの種子(括楼仁)と同効であるので、括楼仁と同様に応用されている。
括楼仁、王瓜仁には、胸部に熱があって、胸部が痛み、みぞおちが石のように硬くなって痛み、口や舌は乾き、口渇があり、息切れがして、脈が沈んで緊張している病症群ーこれらを漢方では結胸証と呼ぶーを解除するのには欠かせない薬物で漢方の原典『傷寒論』や『金匱要略』の古方にも、後世の処方にも、これを主薬とする薬方は多い
今月の植物 アサガオ(牽牛)

下剤と利尿剤を兼ねる水剤 アサガオ(牽牛)
≪花よりは薬用が先行≫
アサガオは、日本で発達した数多い園芸植物の中でも最たるもので、鉢植えや垣根にからませて観賞され、ことに江戸時代の元禄、文化・文政年間から嘉永、安政のころ、江戸、京都、浪華で多種多様な発達を見せている。
帯アジア原産の一年草で、我が国には平安遷都のころ、遣唐使が薬用として中国から種子を持ち帰ったのに始まるようである。それは、1060年前の延喜式に記録されていることからも裏づけされる。
中国では紀元500年の昔、梁の陶弘景が編集した本草の古典『名医別録』に記され、その種子を牽牛子[けんごし]と称し、今日まで漢方薬として賞用されている。
白花品の種子で種皮が帯黄白色のものは白牽牛子[しろけんごし](白丑[はくちゅう])、紅花、紫花などの有色花の種皮が黒色のものは黒牽牛子[くろけんごし](黒丑[こくちゅう])と呼ばれている。
≪漢方薬としての応用≫
薬性苦寒の水剤で、下剤と利尿剤を兼ねるので、下半身の水腫、腰痛、尿閉、便秘、咳喘や殺虫剤などに使われてきた。
一日用量0.5~1.5g、1000粒の重量が51.4gであるから、粒数では一日量10~30粒。
体液の滞りを、腸管と泌尿器とから、下痢と利尿とで体外に排泄し、水はけを急速によくするので、水瀉性下痢を伴い、薬用としては峻下剤に属する。
一般に漢方薬は煎じ薬として使われるが、アサガオは経験上、粉末または丸薬として使われてきた。それは後に記すとおり、瀉下作用のある有効成分が樹脂で、水では溶けないため、煎剤では効果のないことを、古代の人たちも知っていたことを物語っている。
「黄牛散」は、白牽牛子2、大黄1を粉末として蜂蜜で服用し、「大黄牽牛散」は大黄2、牽牛子1と、大黄と牽牛子の配合比をかえている。単味では牽牛丸があり、糊で丸剤としている。
江戸時代から漢方家や、家庭薬に、牽牛子が重宝されたのは、腸管の水滞を尿利で排泄する芍薬と、下剤である大黄とを合わせた作用があり、日本人の体質に合った下剤兼利尿剤であるからと考えられる。ただし、多用すると下剤の作用が強く、水瀉性下痢となるので、素人の方は注意が必要である。
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渡邉武博士「薬草百話」より

牡丹(ボタン)
ボタンは根の皮に、ペオノサイドとペオノライドの2種の結晶性配糖体を含み、
特有の佳い香りがあり、近代薬学では、
解熱、鎮静、鎮痙、鎮痛、抗炎症、浄血、止血、通経などの作用がある。
東洋医薬学上は、当帰とは対称的な辛寒の薬性で、
瘀血と呼ばれる近代薬ではない非生理的血液の排除薬といった特性がある。
この瘀血は、外傷、打撲傷、脳出血、吐血、喀血、血尿、血便や月経異常、
食毒や人工流産などで起こるが、
いずれの場合でも、身体に現れる異常が下腹部に集中するので、
下腹部痛や重圧感や腰痛、下肢痛など、
漢方で腹証、背証と呼ぶ症候で確認できる。
その瘀血症があれば、牡丹皮がその解除を約束するといった、
独特の選薬方法で、中国よりはむしろ、
江戸時代の漢方家によって開発されたユニークな薬の決め手である。
渡邉武博士「薬草百話」より
●端午の節句と菖蒲
三月三日の雛祭りは、内裏雛を飾り、桃の節句でもあり華やかであるが、それに対して五月五日の端午の節句は菖蒲の節句ともいわれ、男の子の節句で、大和男子らしく武者人形とショウブが飾られる。
ショウブの葉が剣状で中肋が剣刃の背のようになり、その字音が尚武と同じだから、何れも
破邪尚武を象徴している。
ショウブの根茎はアサロン、カメラン、オイゲノールなどの芳香成分からなる精油約3%を含み、
薬性辛温の気剤である。
百合、紫蘇、生姜などと同列の芳香性健胃整腸剤で、体表の皮膚と呼吸器や大腸から、病邪を発散させる薬能を持っている。
病邪を皮膚や粘膜から発散・駆逐する点では、桃仁や牡丹皮が体内の鬱血や瘀血を排除するのと対照的であり、また悪邪を払う健康管理の薬草の年中行事が行われるという点で共通点がある。端午の節句にショウブを使ったことは、奈良時代、聖武天皇の頃からの記録があり、菖蒲かづらや菖蒲枕、菖蒲帯、菖蒲刀、菖蒲兜、菖蒲の湯、菖蒲の酒、菖蒲葺などの慣習があったが、
今日ではショウブの葉を家の軒下に挿して厄除けとする菖蒲葺と、浴湯に入れて血行をよくする菖蒲湯だけが残されている。さらに旧暦の五月五日は、天皇・公卿間や神社では更衣の行事があり、庶民間では使用人に衣類を給する習慣があった。
『今日の晴着に風薫る、菖蒲浴衣の白重』
『ゆく末広の菖蒲酒、是れ百薬の長なれや』
これは安政六年(1859年)作の、今も流行している長唄「菖蒲ゆかた」の一節で、往時の風習を伝えている。
●ショウブとアヤメの混乱
ショウブはサトイモ科の目立たない穂状の花で、古名アヤメグサ、アヤメと呼ばれたが、植物学上イチハツ(アヤメ) 科にアヤメがあり、その同類に花の美しいカキツバタやハナショウブがあって混乱を起こし、武者人形の飾りにもハナショウブがショウブに代わって用いられる。 漢方薬の世界でも、古代の菖蒲は、今日の白菖蒲(ショウブ)を記載しているが、近代は石菖蒲(セキショウ)の方が薬用では優位を占めていて、この可否はなお今後の研究に待たねばならない。
●薬用の菖蒲とその産地
ショウブは欧州やインドでも、芳香性健胃整腸薬として薬用に使われているが、
漢方薬では白菖蒲と石菖蒲の二種がある。
白菖蒲は中国では湖北、湖南、遼寧、四川の諸省に産し、日本では千葉、茨城、福島、北海道、徳島諸県の野生品が出荷されるが、計画生産のため、水田に栽培されたこともある。
石菖蒲は水辺に自生するセキショウの根茎で、中国では四川、浙江、江蘇の諸省に産し、日本では静岡、徳島、香川、広島の諸県から産出する。園芸品種が多いが、いずれも薬用となる。
主成分のアサロンなどを含む精油約0.5%を含み、芳香があり苦い。
漢方では石菖蒲を賞用し、根茎の節が蜜で一寸(約3㎝)に九節あるものを良品としている。
鎮痛、鎮静、健胃、駆虫作用があり、古典では特に九竅を通じ目を良くすることを強調している。
九竅とは体表の窓に当たる目、耳、鼻、口と尿道、肛門の九つの穴のことである。
古くから浴剤に賞用し、また体表を護る気剤とされた菖蒲の水浸液には、種々の皮膚真菌に対する抗菌作用が認められ、近代医学的にその薬効の一端が証明されている。
後漢時代の
漢方薬の原典『金匱要略』には仮死状態を療する法、すなわち脈は打っているのに仮死状態になっている人を息吹返らす方法として、
菖蒲根末を両側の鼻孔に吹き入れ、舌下に桂皮を付けることを記している。
民間では菖蒲を強壮剤とし、菖蒲酒を飲み、目薬として洗浄用に使用しているのも、古来からの本草の効果が伝承されたものと考えられる。
渡邉武博士「薬草百話」より
●モモ(桃仁・白桃花・桃葉)悪鬼を追う厄除けの果樹 桃は中国西北部の黄河上流地方原産の果樹で、早くから日本に伝わり、果樹としても、花木としても数十種の品種が残されている。
中国では漢時代から、桃は悪邪を追い払うものとして厄除けの信仰があり、これが日本に伝わり、上代には新年の剛卯や節分に鬼を射る桃弓の行事があった。
日本では国産の花木・椿も破邪尚武の性格があるとされたことから、天平時代には桃を椿に代え、卯日椿杖の正月初卯の厄除け行事が宮廷で行われ、以来、今日までは神社の正月行事が伝わり、京都の上賀茂神社や東京の亀戸天満宮では、今日でも開運厄除けの卯杖が授与されている。
中国の油桃(光桃)に属するわが国在来種のツバイモモは、果実が無毛で光沢があり、椿の味に似ているところから、ツバキモモといったのが、音便でツバイモモとなったといわれる。
普通の桃よりやや小型で結果も遅く、果色の赤いものをツバイモモ、赤くない品種をアオツバイと呼んでいる。この語源はその形質だけでなく、桃と椿が持つ共通した厄除け、悪鬼払いの性格からも起因するものと考えられる。
桃花や桃仁は、人体の悪血や寄生虫を排除し、婦人の生理の滞りを除く特性を持っているので、桃から生まれた桃太郎の鬼退治も、この伝承と信仰から創作されたものといえるし、雛祭りの桃の節句が女性の節句であるのも、悪鬼や病邪、とくに血毒を駆逐する薬用としての桃の効用から始まった行事といえる。
●桃仁・桃花・桃葉の薬効 桃は古く神農本草経(3世紀)の下品に「桃核仁」の名で収載され、薬性苦平の血剤で、オ血(古血)、月経閉止、腹中の腫瘤や邪気を主治し、小虫を殺すと記され、以来、今日まで、漢方薬では必須の重要生薬である。
桃仁は血をめぐらし、腸を潤し、大便を通じる。オ血の滞り、月経閉止、打撲による鬱血や疼痛、産後のお血停滞によるしこりや、血行不順による関節痛に、牡丹皮や大黄と共用して応用する。一日用量3~5g。
中国では種子ばかりでなく、桃実、桃花、桃毛、桃葉、茎、白皮、桃膠、桃嚢虫など、あらゆる部分を薬用に使っている。わが国では現在、桃仁と白桃花(桃の白花の乾燥品)のみで、民間で桃葉が浴用に使われるだけである。
白桃花は利尿瀉下薬で、水腫や便秘症に新鮮な花3~5gを煎用する。
桃葉は嘔吐下痢で腹痛のある時、葉の搾り汁を白湯で飲み、下痢の時温湯に浴し、桃の葉で身体をこする。また腹痛には桃葉を煎じて温浴するなどの療法が、民間で行われている。
●桃仁と杏仁の薬効の相違点 桃仁は脂肪油40~50%と、杏仁と同様アミグダリン1.5gを含むが、その含量は杏仁の半量で、杏仁が気管や皮下の水滞が肺や呼吸器に異常を示す上半身と体表のひずみを去る水剤であるのに対し、桃仁は対照的に下半身と腹部に異常が現れる血毒を除く、駆オ血薬である。
経絡では足の厥陰肝経にひずみが現れるのを解除する。
足の母指から足の内面中央を上行して、陰部から下腹部を通り、肝臓に帰属し、胆嚢をまとい側胸部に散布し、頭頂に至る線上に発現する異常を除くものである。
牡丹の項で記した婦人科の炎症性疾患や外傷、内出血などに広く応用される桂枝茯苓丸や便秘と神経症の激しい疾患に賞用される桃核承気湯など、著名な漢方剤に配合される。
水戸藩の侍医・原南陽は、桃仁と牡丹皮を主薬とする桂枝茯苓丸を軍陣第一の救急薬として、甲字湯と名づけ、刀傷、矢傷、打撲傷などに備えることを、わが国軍陣医書の嚆矢である「砦草」に提唱している。
渡邉武博士『薬草百話』より